2012年02月|「ワールドメイト実態」の嘘

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深見東州(半田晴久)氏の理念は子供のころから変わりません

2012-02-09
神仏に祈る日々を過ごす少年時代の東州に芽生えた理念

大原一浩『なぜ、人は神を求めるのか』より引用
東州は、部屋の隅に隠れ、繰り返される父母の争いをうかがう毎日を過ごしていた。そのときは、つねに「母を助けたまえ」と、神仏に祈り続けていたらしい。

母・志保子は、連日の家庭争議から逃れようと、近隣に住む『世界救世教』の信徒に救いを求め、「お手かざし」「浄霊」を受けるようになる。母親につきしたがった晴久は、このとき初めて、宗教的雰囲気の中で心の解放感を味わったという。

この頃の晴久の日記に、次のような一文が認められた。

「過去の偉人たちは、みな人類のために大いなる遺産を残そうと思って頑張った。今の偉人たちもそうだ。とすれば、いずれこの世に偉人たちの遺産が積み上げられ、理想の社会が出現するにちがいない。」

ワールドメイトの究極の目的は、理想社会の形成である。その理念は少年時代の東州の中に芽生えたといってよい。

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深見東州(半田晴久)氏はこどもの頃からまれに見る素直な子であった

2012-02-09

    深見東州氏は、もと日本一の酒樽屋にまでなった家系の七代目であったとのこと。ときおり、深見氏の名誉を貶めたい若干の人々が、深見氏を「在日」「チョン」などと差別的発言によって揶揄していることがありますが、これはまるきりのデタラメであることがわかります。 出生も特に秘密にもされておらず、家柄も、上流とはいわないまでも、中流階級の上層あたりであったことは推察されます。

    日本文化に広く精通していながら、かつ欧米や広く海外でも評価されている、深見東州氏のグローバルな文化性は、独特の異国情緒あふれる神戸や優雅な芦屋にほど近い西宮という地域で、幼少の頃から自然と育まれていたものかもしれません。

    また、深見東州氏は、子供の頃から希に見る素直な子であったといいます。ワールドメイトでは「素朴で素直が神一厘」という教えがありますが、神一厘の素質を備えていた子であったということが言えるでしょう。

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